アグラフェナ・ロスチスラヴナ (リャザン公妃)
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アグラフェナ・ロスチスラヴナ Аграфена Ростиславна | |
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死去 |
1237年 |
配偶者 | リャザン公イーゴリ |
子女 |
ロマン イングヴァリ ユーリー |
家名 | リューリク家 |
父親 | キエフ大公ロスチスラフ1世 |
アグラフェナ・ロスチスラヴナ(ロシア語: Аграфена Ростиславна、? - 1237年)は、リャザン公イーゴリの妻である。
父はおそらくキエフ大公ロスチスラフ(ノヴゴロド公ロスチスラフ・ユーリエヴィチ(ru)の娘という説もある)。1237年、モンゴルのルーシ侵攻によるリャザン包囲戦において、息子のユーリーやその妻らと共に死亡した。
子女
[編集]夫・イーゴリとの間に以下の子がいる。
出典
[編集]- Славянская энциклопедия. Киевская Русь — Московия: в 2 т. / Автор-составитель В. В. Богуславский. — Т. 1. — С. 11.